
2017年06月06日
二宮金次郎

まさにたきぎにする柴刈りにいって薪を背負って歩きながら本を読んでいる、姿の二宮金次郎の像。
当然だが自分が物心ついた時には柴刈りというたきぎを拾いに行くなんて行為はなく、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯への「桃太郎」世界でしか知らない。
が、本を読みながら、という姿勢が苦労しながらでも勉強して努力してるんだな、ということだけはわかった。
二宮金次郎のように努力して勉強して立身出世するよう頑張るんだぞ、というのはまさにその姿を見ることで知らず知らずのウチに心に沁みついtかもしれない。
もっとも、そういう努力は結果自分はできなかったが、、、
ただ自分より上の世代の人たちの後に立派になった人の多くは、二宮金次郎の像に触発された人は多いに違いない。
家が貧しくとも頑張って勉強に励むことで学を身につけいい仕事に就き経済的に成功し地位を得た、なんて人は昔は多かったはず。
それが今は多くの人が中流以上になりさほど努力しなくてもある程度の生活は出来るような時代になると共に二宮金次郎的世界観は遠い昔のモノになっていったことは致し方ない時代の流れだろうとは思う。
今は高学歴の人は高収入の家庭に育っている、なんていう統計調査もよく聞く話である。
お金があればよりいい教育を受けより高学歴になり高収入の職につく、というスパイラルなのだろう。
またその逆も事実で貧困から脱却できない負のスパイラルも社会問題化している。
今こそ二宮金治郎像の復活を!
復活しても変わらない?
Posted by 洋服番長3 at 06:07│Comments(0)